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大阪高等裁判所 昭和55年(う)591号 判決

被告人 Y1(昭○・○・○生)

被告人 Y2(昭○・○・○生)

主文

原判決を破棄する。

被告人両名をそれぞれ罰金一万円に処する。

被告人両名に対し、原審における未決勾留日数中、その一日を金一、〇〇〇円に換算して右罰金額に満つるまでの分を、それぞれの刑に算入する。

原審及び当審における訴訟費用は、被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官辻文雄作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人高野嘉雄作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は要するに、本件被告人らの所為は、児童福祉法三四条一項九号所定の児童を「自己の支配下に置く行為」にあたるものであるのに、右の要件に該当しないとして、被告人両名に対しいずれも無罪を言い渡した原判決は、法令の解釈適用を誤り、かつ事実を誤認したものであつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで記録及び原審における各証拠を精査し、かつ当審での事実取調の結果をも併せて検討すると、原審及び当審において取調べた関係各証拠を総合すれば、次の各事実を認定することができる。 すなわち

(1)  被告人Y1(以下「被告人Y1」という。)は、東大阪市○○○×丁目××番××号所在の○○ビルを所有管理し、同ビル一階において軽食喫茶「○○○○」を経営するものであるが、同店の奥にゲーム室を設け、同所に所定のメダル若しくは硬貨を投入して操作し、当りになれば最高一五万円までの賞金を得ることができる賭博遊技機を設置して客の使用に供していたこと、

(2)  被告人Y2(以下「被告人Y2」という。)は、右Y1の弟であるが、他の場所で喫茶店を経営するかたわら、常時右○○ビル二階の事務所に赴き、同所において、自店の経理事務と併せて前記「○○○○」の従業員の給料計算等をも処理するほか、随時、同店の喫茶部やゲーム室にも現れ、その仕事を手伝うなど、被告人Y1に協力して実際上同店の経営や事務等にも関与していたこと、

(3)  本件児童であるJ(昭和○年○月〇日生)は、昭和五一年一一月ころ家出をし、友人宅などを泊り歩くうち、同年一二月初めころ、中学時代の先輩であるAに出会い、同人も当時家出中で前記○○ビル四階のB(被告人らの甥)の居室に寄寓していたところから、右Aにさそわれて右Bの居室へ遊びにゆき、そのまま同室に寝泊りするようになつたものであるが、数日後、定職もなく金銭に窮していたので、Bが働いている前記「○○○○」で働きたいと考え、Bを通じて被告人Y1にその旨依頼したところ、同被告人は右Jに面接したうえ、まずバーテンを勤めてみたが、同人がその経験もなく、これを希望しなかつたので、結局前記ゲーム室の係としてBと交替で勤務させることにし、Jを店員として雇入れた。その際、同被告人は、Bから右JがBと同年令で、一七歳である旨聞いていたが、右雇入れにつきJの親権者の同意は得ていないし、また同人が家出中であることを知りながら親許へ戻さず、自己が所有管理する前記Bの居室で右雇用後も引き続き居住することを黙認したこと、

(4)  勤務時間は、早番が午前一一時から午後四時まで、遅番が午後四時から同一一時までで、Bと適宜これを交替することとし、給料は月額七二、〇〇〇円であつたが、仕事の内容は、客の応待、室内の見回り、現金とメダルの交換、紙幣と硬貨の両替、勝ちメダルの換金等のほか、警察の手入れについての警戒や客の不正行為に対する見張り等を含むもので、その性質上持場を離れにくい勤務状態であつたこと、

(5)  前記○○ビルは、鉄筋四階建で、一階には前記「○○○○」の店舗、二階には前記事務所のほか麻雀店、三階には被告人Y1が住居として使用している居室、四階には前記Bの居室のほかその隣室には被告人らの弟Cの居室があり、右各居室はマンシヨン形式でそれぞれ独立の住宅として使用することが可能な形態ではあつたが、前記のような右JがBの居室に居住するに至つた経緯並びにBの居室と被告人Y1の居室や前記事務所が極めて近くにあること等各部屋の配置や建物の構造及び同被告人が右建物を所有管理していること等に徴すると、事実上被告人らの監視の目がいつでも届き得る場所に右Jを居住させたものと認めざるを得ないこと、

(6)  のみならず被告人Y1は、右Jに対し同人の稼働後、被告人らの母親がBに与えていた新しい寝具を前記居室において使用させ、また「○○○○」の店で無料で食事をすることを許していたほか、衣服も買い与えるなど、衣食住の全般にわたつて右Jに便宜を供与したこと、

(7)  被告人両名は、それぞれ右Jに対し、同人が勤務を怠つた場合やその他勤務上のことで随時注意を与える等、同人の勤務振りにつき指導監督していたこと、

(8)  右のようなJのゲーム室での勤務は、昭和五二年四月末ころまで継続したこと、

以上の各事実が認められるのであつて、右認定に反する証拠は他の関係各証拠と対比して措信できないところである。

以上認定の事実及び関係証拠によれば、被告人Y1は、前記Jが一八歳未満の児童であることを知りながら、親権者の同意を得ることなく、前記のような賭博遊技機を設置してある室で前記の両替や見張り等児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつて、同人を雇入れたものであり、さらに自己が所有管理する前記居室に、右雇用後も引き続き居住させるとともに、前記のような種々の便宜を供与したものであること、また被告人Y2は、被告人Y1に協力して前記「○○○○」の経営、事務に関与するとともに、右Jに対しても、同人が一八歳に満たない児童であつて、前記Bの居室に居住していることを知りながら、前記ゲーム室における勤務につき種々注意を与える等、被告人Y1と互に協力してその指導監督にあたつていたことがそれぞれ認められるのであるから、被告人両名は、互にその意思を通じ共謀のうえ、右Jをその意思を左右できる状態のもとに置きながら、前記の勤務に就かせ、もつて児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつて同人を自己の支配下に置いたものと認めざるを得ない。

ところで原判決は、この点について、児童福祉法三四条一項九号にいう「児童を自己の支配下に置く行為」とは、「児童の意思を心理的、外形的に抑制して、支配者の意思に従わせることができる状態に置き、児童がその自由意思でその支配者の管理下から容易に離脱できないような形で拘束することを意味するものと解すべきである」とするのであるが、児童福祉法の前記規定は、同法一条所定の児童福祉の理念に基づき、未だ心身発育の過程にあつて、可塑性の高い児童の心身を悪環境から守るべく、児童の健全な心身の育成を阻害し、児童愛護の精神に反する支配関係を取締ることを目的とするものであるから、右規定にいう「児童を自己の支配下に置く行為」とは、児童の意思を左右できる状態のもとに児童を置くことにより使用、従属の関係が認められる場合をいうのであつて、要するに児童の意思を現実に左右したか否かは問わないところであり、客観的に右の状態が認められれば足りると解するのが相当である(東京高等裁判所昭和四一年一二月二八日判決・下級裁判所刑事裁判例集八巻一二号一五四七頁、福岡高等裁判所宮崎支部昭和三一年一二月一九日判決・高等裁判所判例集九巻一二号一三二一頁)。

従つて、本件の如く児童の心身に有害な影響を与える賭博等の勤務につかせる目的で雇い入れ、客観的に、児童の意思を左右できる状態での使用、従属の関係が認められる以上、たとえその間、児童に便宜を供与したり、又その歓心を買う等の行為が若千介在し、そのため児童自身に支配されているとか拘束されているとかの意識が全くなくても、右にいう「支配」関係の成否に何ら消長を来すものではない。

のみならず、児童を自己の支配下に置くための手段は、拘束的乃至抑圧的なものには限られず、右のように児童に便宜を供与したり、その歓心を買う等の行為もまた右の手段たり得ると解するのが相当である。

そうすると、原判決の前記法解釈のうち、「児童がその自由意思でその支配者の管理下から容易に離脱できないような形で拘束することを意味するもの」とする点は、不当に前記規定を制限的に解するものであつて、ひつきよう、同法規の趣旨の理解を誤つたものに外ならず失当といわなければならない。

してみると、原判決が、右のような解釈を前提として被告人らに右Jを自己の支配下に置く行為があつたとみることができないとした点は、所論のとおり法令の解釈適用を誤り、かつ事実を誤認したもので、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて刑訴法三九七条一項、三〇八条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらにつぎのとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人両名は、共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、昭和五一年一二月初めころから同五二年四月末ころまでの間、被告人Y1が経営する東大阪市○○○×丁目××番××号所在○○ビル一階軽食喫茶店「○○○○」の従業員として雇入れたJ(昭和○年○月○日生、当時一七歳)が一八歳に満たない児童であることを知りながら、右Y1が所有、管理する同ビル四階の居室に居住させるとともに、右店舗奥にあるゲーム室において、同所に設置されている賭博遊技機による賭博の賭金の両替、見張り等の業務に従事させ、もつて児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつて同人を自己の支配下に置いたものである。

(証拠の標目)

一  被告人両名の当審公判廷における各供述

一  被告人両名の司法警察員及び検察官に対する各供述調書

一  原審第二回公判調書中証人Jの供述部分及び同証人の原審公判廷における供述

一  当審証人Jに対する尋問調書

一  証人B、同Dの原審公判廷における各供述

一  Bの検察官に対する供述調書

一  E、F、D、G(謄本)、H(抄本)の司法警察員に対する各供述調書

一  司法警察員作成の捜索差押調書謄本

一  大阪市東成区長作成の戸籍謄本

(確定裁判)

一  被告人Y1は、昭和五四年三月一三日東大阪簡易裁判所において常習賭博罪により懲役一年(執行猶予二年)に処せられ、右裁判は同年同月二八日確定した。

二  被告人Y2は、(一)昭和五四年三月一三日東大阪簡易裁判所において常習賭博罪により懲役一年(執行猶予二年)に処せられ、右裁判は同年同月二八日確定し、(二)同年七月二〇日大阪地方裁判所において脅迫罪により懲役五月(執行猶予二年)に処せられ、右裁判は同年一二月二二日確定した。

以上の事実は、被告人らに関する昭和五五年二月二八日作成にかかる各前科調書によつて認める。

(法令の適用)

被告人らの判示所為は、児童福祉法三四条一項九号、六〇条二項、刑法六〇条に該当するところ、情状について考慮するに、判示の居住関係及び就職の関係のいずれについても、前記Jの方からこれを求めて来たものであつて、被告人らが進んで右児童を支配下に置こうとしたものではないこと、また被告人らは同人の親とも接触をとらせようと努めた形跡も窺われるほかその支配の態様、期間等に徴すると、被告人両名の犯情は懲役刑を選択するほど重いものとは認められないので、所定刑中いずれも罰金刑を選択することとし、被告人両名につき、右は前記確定裁判のあつた各罪と刑法四五条後段の併合罪なので、同法五〇条によりまだ裁判を経ない判示の罪につきさらに処断することとし、その所定金額の範囲内で被告人両名をそれぞれ罰金一万円に処し、同法二一条を適用して、被告人両名に対し、原審における未決勾留日数中、その一日を金一、〇〇〇円に換算して右罰金額に満つるまでの分を、それぞれの刑に算入することとし、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名の連帯負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西村哲夫 裁判官 藤原寛 内匠和彦)

控訴趣意書及び答弁書〈省略〉

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